「結婚に夢なんてぜんぜんない……。

両親は親の反対を押し切ってかけおちまでして結婚したのに、小さいころから仲が悪くて夫婦ゲンカばかりしていたんです。好きで結婚したって結局こんなものなんだって、すごく冷めて見てましたね。ウチの父は女が外に出歩くのを嫌いだったので、母は篭の鳥状態で、近所の人とのつき合いもぜんぜんなかったんですよ。そういう親の社会生活の不適合さみたいなものが、私たち子供に返ってきて、社会に出たときにどうやって目上の人と話したらいいかわからなかった。仕事の話はできても、世間話ができないんです。でも、そういう私が結婚したって、また子供ができたときに同じことやらないとも限らないでしよ。また、私の子供が不幸になるのかなって思ったら、すごく重荷で、本当に結婚って墓場だなって感じ。自分が何かやったときにも、〃あそこの奥さんがこんなことして〃って、自分の責任が自分で持てない。自分の尻拭いだけは自分でやりたいと思うけど、結婚することで一つの社会を作っちゃったら、それもかなわないですからね」宮沢久美さんは、そう言ってきつい煙草に火をつける。細い体にキリっとした顔立ち、体にピッタリした黒いセーターにタイトスカート……、すきのない人だというのが第一印象だった。が、おいしそうに煙草を吸いながら微笑むと、子供のようなあどけなさが漂う。何か不思議な魅力のある人だ。現在二十七歳、知人の経営する企業関係のリサーチの会社で働いている。けれど、その仕事でプロフェッショナルなキャリアを積もうという気はさらさらない。歩合制でやった分だけ稼げるので、たまたま知り合いのってがあったその仕事についただけで、仕事はお金を稼ぐ方法の一つとしか考えていないという。結婚前に、相性ピッタリの相手を見つければ結婚生活の苦労はもっと減るだろう。

出典元:結婚相談所 選び方

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子供を叱るのは父の役目

ということかもしれませんが、これでしたら、父と子供の関係は疎遠になる一方だと思います。だいたい叱るということはいちばん下手な教育の方法です。そこで叱る方は父親にあてがっておいて、父親がもう少しよい教育者になってくれねば困る、というのでしたら、これは少々無理じゃないかと思うのです。むしろ、子供の小さいときから『慈父厳母』というふうに育ててみたらどういうものでしょう。母親の叱責は、子供にだいたいあまりきかないというのが普通なのですから。要するに、子供についての責任を父と母とが半女に受け持つように、初めからきめてかかるのが一番です。子供の生れない前から、教育の分担について、じっくり夫婦で相談しておくというふうでしたら、なお理想的だと思います。いや、それよりももうひとつさきに、私たちはいつごろ子供をいくたり持ったらいいのか、計画産児といいますか、避妊の問題も夫婦の間で、きちんときめておくべきなのです、妻のほうばかりが避妊をしたがる、夫はそういうことについてまるで無関心でいる、これではいけないと思います。子供を生まないということについては、今日、すべての夫婦が決定椎をもっているのです。あなたがたは、この問題で、まじめに、率直に、ご主人とお話し合っていますか。子供というものは、ご承知のように、家庭を賑やかにし、夫婦の間に、新しい幸福をもたらしてくれるものです。それにもかかわらず、その子供の教育について夫婦の意見が一致しないとすれば、たえず喧嘩しなければならないとすれば、これは幸福の源泉を不幸の源泉に一変させることです。コミュニケーションは大切です。出会った結婚相手であってもコミュニケーションが出来ていないと幸せな時間は長くは続きません。

参考:出会い系 サクラいない

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偏愛

あげくのはては、だいたい、あなたは不親切だとか、だいたいキミは大袈裟すぎるとか、ふたり同志の問題になってしまうようです。子供の学校の成績を重く見るか、軽く見るか、それについても夫婦はしばしば意見を異にします。子供のことで起る第二の、そしていちばん始末の悪い家庭の病気は、偏愛といわれているものです。父は長男をバカに溺愛している、ところが、その反動で、母親は次男をなめるように可愛がる、そこで、父と次男はたいへん仲が悪くなり、長男は、ことごとに、母親をバカにしてかかる-こういう風景は、それほど珍しい家庭風景ではないようです。これは、ほんとに困った病気です。子供にしてみれば、これシくらい、迷惑な父と母の病気はないかもしれません。まるで同じことをしたにすぎないのに、父が居合わせれば叱りとばされ、母が見ていれば、ほめられるということになれば、子供は、どうしたらいいかわからなくなるのが当然です。子供は、いやおうなしに、ふたりの君主の顔色をうかがい、要領とコツを覚えこんでしまって、上手にやってゆくことを身につけるでしょう。つまり、妙に悪がしこい子供ができあがるでしょう。子供に対する偏愛病という両親の病気は、どんなことがあっても、自宅療法をやって治してもらわなければこまります。どうしたら治すことができるか、夫と妻、父と母が、子供に対する自分の愛情が健康かどうかについて、自分で診断をしてみることです。いったい人間はなかなか身じかなふたりの人間を同じように愛することのできないものです。二匹の猫を飼っていてさえ、甲乙をつけたがるものです。恋愛と結婚は違うところが多いですので出会った素敵なパートナーをよく見極めましょう。


参考:
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食いちがう夫婦の意見

子供の間鼬から、夫婦のあいだにしばしば葛藤がおこるものです。夫も子供をなによりも愛しているし、妻も母として子供をこのうえなく愛している。それなのに、この子供への愛情を中心にし、これを原因として、夫婦のあいだに不和やあつれきが起るのは、ちょっと考えてみれば、理屈に合わない話のようにも思われます。けれども、まず第一にふたりともこのうえなく子供友愛している、そのために問題が起きるのです。どうしてでしょうか。かりに子供を病人だと考えてみましょう。父も母も、そのばあい、医者になるわけです。ところが、このふたりの医者は、ひょっとすると、専門がちがっているかもしれません。専門がちがっていなくても、診断がちがうかもしれません。なんのことはない、ひとりの病人をまんなかにはさんで、ふたりのヤブ医者がそれぞれ自分の診断が正しいと信じ、相手のそれが間違っていると思いこんだようなものです。どっちも病気を治してやりたい一心に変りはないのですが、さて、診断がちがうばかりに処方し治擁法もちがうというわけなのです。しかもいちばん悪いことは、ふたりとも、モグリの医者みたいなものだということです。こういうことがいちばんはっきり出てくるの一は、子供の教育についてです。子供がいたずらをします。母親は大げさに、いや、まじめにこのいたずらを考えて、子供をたしなめます。素敵な結婚相手を、見つけても結婚後に問題は発生した場合、ここに書いてあるように意外と改善に手間がかかります。気を付けましょう。

出典元:出会いがない 社会人

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愛情の家計簿

あなたがたは毎日家計簿をおつけになっておられましょう。同じように、毎日の愛情の家計簿をつけてほしいのです。今日は不快という借りができた、この借りを私はどうしてかえすか、私が貸したのにあの人は借りたともいわなかった、私の貸し方が足りなかったせいか、それとも、貸し方がまずかったせいかlまあ、こんなふうに書き込んでみたらどういうものでしょう。愛情は一日一日、ためされ、育てられ、しぼむものです。日常の些末なことがらを大切にしてほしいのです。愛情の慢性疾患をなおすのには、持薬が必要です。半年に一度多量の注射をしても治らないようです。私はさきに愛人の出現を急性の疾患にたとえました。けれども、これにしたって、この日常の些末事が上手に、しみじみした愛情と聡明な判断によって処理されていたとしたら、そんがい、起りそうで起らなくさせることができるかもしれません。少なくとも、この急性疾患を命とりにさせるような悲しい目にあうことはふせげるかと思います。ただ、日常の些事を、日冷の健康をおろそかにする者のみが急性の病気におかされるかのようです。だいたい、家庭というもの、夫婦間というものは、急変のないことを特質としているものだと思います。家庭の外に嵐が吹いていても、その嵐がそれほど感じられないことこそ、家庭なのです。相性が合う結婚相手をみつければ、夫婦間に問題が生じて解決するためにここに書いたような大変なことをしないで済むかもしれません。
家庭の愛情に急性な疾患があらわれることは原則としてはないはずなのです。そう考えれば、むしろ、慢性疾患のほうにあなたの最大の注意を払っていただきたいのです。

参考:結婚相談所 比較

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